「喫茶室ぴこてぃ」にて  - 苦しかった1年の終わりに優しいランプの下で。

2023年も残すところ2週間ほどとなった。

 

 

夕方の整体院の予約まで時間があったので、横浜の阪東橋にある「象の旅」というお気に入りの本屋で「三行で撃つ」という文章術の本を買い、そのまま日ノ出町の喫茶店「ぴこてぃ」へ足を向けた。

 

黄金町を経由して、日出町まで大岡川沿いを歩く。
このエリアを歩く度に何とも言えないノスタルジーを覚える。北海道出身の自分が感じるはずもない郷愁じみた感覚は、横浜中区に残る昭和後期〜平成初期の冴えない街並みのせいだろう。ここで育ったわけではないが、数十年変わらぬであろう無彩色の街並みは不思議と記憶の奥にあった気がする。

黄金町 ー 大岡川を挟んでみる対岸には、色と呼べるものが錆くらいしかない。
桜が有名な大岡川。紅葉した葉もまた可愛い。

日ノ出町駅の交差点を渡って、川沿いから一本駅側の路地に入る。

 

 

日曜の15時過ぎ。

 

 

開店準備をする周囲の居酒屋の前では従業員が煙草を吸いながら、新しい1日の始まりを待っている。喫茶店「ぴこてぃ」に入ると、たまたま客足の切れ目だったのか他お客はいなかった。「お好きな席どうぞ」と丸い声で奥さんに案内される。

一番奥のソファ席に座り、ノースフェイスのフリースを対面の椅子にかける。モコモコしたベージュのフリースは見た目ほど暖かくないが、小学2年の息子が「ダッフィーみたい!」といって抱きついてくるので気に入ってる。


ホットコーヒーとナポリタンを頼む。オーダーが通って間もなくご主人が奥の方でナポリタンを焼き始め、奥さんがカウンターでコーヒーを淹れてくれる。ぴこてぃには何度か訪れているが、その度に「あ、奥さんがコーヒー淹れるんだ」と勝手に意外性を見出す。

「古き良き」を圧縮した店内は時間の流れが違う。そのせいか、喫茶店という空間が妙に神聖なものに感じられて、SNSなんて俗なものをイジるのも憚られる。



最近読んでいる「ヘヴン」。ストーリーは後半にさしかかっている。自分が斜視だからイジメてくるんだろう?と問いかける主人公に対して加害者の男子生徒・百瀬が答える。

“べつに君じゃなくたって全然いいんだよ。誰でもいいの。たまたま君がそこにいて、たまたま僕たちのムードみたいなものがあって、たまたまそれが一致したってだけのことでしかないんだから”
「ヘヴン」川上未映子 P211

学生時代に誰かを虐めた経験も、虐められた経験もないが、どうもヘヴンに登場する加害者生徒の台詞には針金のような冷たい現実主義が芯を通していて、「虐める側の理屈」に説得力がある。虐める側に共感するなんて、自分はよほど非情な人間なのではないかと一瞬、緊張する。



被害者生徒たちにはニーチェ哲学でいうところのルサンチマンが根底にあり、「私たちは救われるべく虐められている」という飴細工のように危うい弱者の拠り所が、学校生活という現実の中で無力に破壊される様子が、前半の輝やいた夏の描写との対比の中で残酷に描かれている。

気がつくと店内にはいつの間にか客が増えていた。

60代〜70代と思しき紳士がピアノを弾くような軽快さでipadを使って何か作業をしていた。若いからデジタル、年配者だからアナログというのは時代錯誤のようだー。そんなことを思いつつ、16:30からの整体院の予約に合わせてそろそろ店を出ることにした。

「私は胡麻アレルギーです。このナポリタンに胡麻は入ってますか?」




伝票を持ってレジに向かうために荷物をまとめていると、後から入店してきた20代くらいの女性が、急に強い口調で質問を店内に響かせたため、店主がやや困惑していた。



ふくよかで全身黒ずくめ。オタクっぽいというかニートというか、社会性みたいなものを感じない雰囲気のある女性だった。助走もなく、急に威圧的なトーンで質問をぶつけるあたり、ややコミュニケーションが下手なのかもしれない。命に関わる大事な質問だが、老夫婦の経営する老舗の喫茶店に徹底したアレルギー物質管理を期待するのも酷だなと思ってしまう。正しさとはいつも主観的だ。

2023年の春に急に体調を崩した。
顔や手の痺れ、動悸、頭痛、胸痛、眩暈、息苦しさ。あらゆる症状が出ては消えてを繰り返し、どの病院でも原因はわからず「自律神経が弱っているかもしれない」と曖昧な結論とお守り代わりのような薬だけをもらった。メンタル的にもだいぶ落ちてしまい、仕事は基本在宅でこなした。鍼治療など色々試したが、お金が出ていくばかりで一向に良くならなかったが、9月頃からカイロプラクティックに通い出してから少しずつ回復した。



治療が効いたのか季節のせいなのかよくわからないが、12月からはランニングも再開できた。自律神経失調症と聞くと、メンタルが弱って体に症状が出るというイメージだったが、どうも体の不調からメンタルダウンに繋がることもある、というのが2023年一番の学びだ。卵も鶏も先になりうる。

2023年の大半は生きることに精一杯で、同時に死についても考えを巡らせることが増えた。だからこそ、年末をこうして平和に迎えられていることがありがたい。そんな経緯もあり、離れて暮らす息子とはなかなか会えない1年だった。それでもイベントごとや授業参観には声をかけてくれる前の妻には感謝しかない。クリスマスが1週間後に迫っていることを確認し、頼まれていたポケモンのゲームを買って帰ることにした。

Camera : FUJIFILM X-T5

Lens :Sigma 23mm F1.4 DCDN

 

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